まや-NET

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火曜日, 2月 12, 2013

02月10日(日)終日休日モード

生保満期でオフィス行き、手続きでクレームを入れている夢から覚醒、3時半。7時半過ぎ起床、身支度。朝食、トイレ◎すこぶる好調。何処かへ行きたくなる好天!
ETV日曜美術館・絹谷幸二観て、DESKに。午前、やっとBLOGをUP。
昼、もやし炒めUDON食べ、ソファで昼寝3時前まで。珈琲&カステラ。終日休日モード!
夕食後、ETVで♪らららクラシックでギター観る。フィナーレはやっぱり禁じられた遊び?
MENU③アジのフリッター・茄子グラタン*バナナ市田柿**ラキソベロン12滴

02月09日(土)故井上青龍さんイベント

3時半、農業ファームステイしている夢で、肥桶を平気で扱うオバサンがいて覚醒。就寝前に読んだ谷川俊太郎詩集のせいか、詩的イメージ充満。ボンバルディア機のプロペラが『クォーン・くぉーん』と宙を切りながら上昇していく音。空みたか・ソラみたかに聴こえるが?
7時半になって身支度、朝食。トイレ○。自室掃除してもらい、10時前公園へ。空気が冷やこいな!鉄棒で屈伸して伝い歩き2周、一服、3周目終え、花壇に連れてもらう。奥の梅はまだ咲いていない。木立を抜け、池のカルガモ見て帰路に。武庫川堤防の下、ガードマンの姿、何か?と思い近寄ってもらったら、桜の大木や立木の伐採。「堤防強化工事中」と看板が、納得いかんなあ。
帰宅後DESKでCLIPPING。おっと!YUKさんからメール受信。GENちゃん発信源のニュースをYUKさんがわざわざメールで送信してくれた。有難いな、竹馬の友!中身は親しかった写真家、故・井上青龍関連のイベントが23日開催の件。亡くなる寸前、京都地下鉄で「キミの靴は何文や?今度韓国で買って来るから待っといてね」の後、訃報を聞いたのを思い出した。
公開サロン「大阪を撮るー写真家井上青龍とその時代」23日18時大阪駅前第2ビル4階のキャンパスポート大阪。あいりん地区の日常を撮影した「釜ケ崎」が代表作の故・井上さんをめぐる人間群像について、写真家の太田順一さんが話す。千円。先着50人。申し込みは大阪自由大学(06・6386・4575)
皿UDON食べ、ソファでゴロ寝イビキかく!
2時半起きて珈琲&みかさ。入浴まで日乗整理。
SATさんの古道散歩レジュメ「伊勢参りと鸚鵡石」に、もと壬生浪士組・清川八郎(1830―63)の「西遊草」が掲載されていて興味深い。絶版だが岩波文庫。清川は出羽の国田川郡清川村生まれ。故郷で学ぶも17歳で江戸へ。後に千葉周作にも北辰一刀流学んだという。京・中国・大和・紀伊・長崎・松前などに足を伸ばすという。25歳、駿河台で開塾。米国通弁ヒュースケン襲撃の嫌疑で追われ、島津久光上京の報で尊攘蜂起図るも寺田屋騒動で失敗。浪士徴募に応じ壬生に屯するも近藤勇と対立。江戸へ戻され過激な攘夷行動が原因で幕吏に惨殺された(34歳?)。当時の江戸人の必須条件?は伊勢参りと吉原花魁遊び。中でも伊勢参りで打てば聞こえるオウム返しの岩「鸚鵡岩」が珍しかったそうだ。
*清川の諸国漫遊 は安政2年(1855年)3月から9月にかけて善光寺、名古屋、伊勢、奈良、京都、近江、大坂、宮島、岩国、天橋立、鎌倉、江戸、日光などをめぐる大旅行の記録『西遊草』は、幕末の旅行事情を知るうえでは貴重な資料である。内容は各国の名士との出会いなどを中心に書かれているが、清河の性格からか辛辣で手厳しい批評が多い。
MENU③鯖塩焼き・黒豆煮・野菜炊き合わせ*バナナ**ラキソベロン12滴